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「生き様」を考える
辞書には

生き様とは、その人が生きていく態度・ありさま。生き方。

と書かれています。

例文には「はげしい―を描く」と書かれているくらい剛直なイメージを持つ言葉なのでブログで使わなかった言葉です。


311以前から「人の生き方」について考え続けてきてその結果として今があります。
もちろん311後はさらに深く考え続けていることですが、最近思うのは人ではなくて植物についてです。

辞書には生き様は人に用いられていますが、植物だって命ある生きものなのでそこには「生き様」があるでしょう。

自分の中では米や野菜も生きものという意識が強くあるのでつくるものがどういう生き様を描くのか意識するし、元を言えば、植物本来の生き様を追い求めた結果として肥料や農薬を使わないつくり方をしています。

でもここでひっかかるのは「本来の生き様」ということ。

一体何なのか?

正直よく分かりません。
きっと理解しようとして理解できるではないけど、意識しなければいつまで経っても感じることはできないものかもしれません。

それでも自分が「生き様」について考えるのは、肥料も農薬がなくても
美しく、強く、逞しく育つ植物の「生き様」の中に眩いほどの光が見えるからです。


「つくり手の生き様が作品に表れる」

とたまに耳にすることがありますが自分としては、

「作品の生き様がつくり手に表れる」 


こうありたいなと憧れのような気持で思っていますが
まだまだ先は長そうです。

大寒という節目に書いてみました。

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高谷裕治
by hiruzenkougei | 2013-01-21 00:06 | 考えごと
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