「つくる」暮らし
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カテゴリ:考えごと( 46 )
2回目の節目を移民祭で
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昨日で蒜山に来てからちょうど2年。

2回目の節目は奇しくも移民祭に重なりました。

有り難くも移民マルシェで素敵な作家さんに並んで農作物を販売させて頂きました。
たくさんの方がいらしてくれてそれだけも感慨深く、とても感動してしまったのですが休憩時間にみた中川正子さんのスライドショーでフラフラになってしまいました。

僕の前に見た絵里香は号泣して帰ってきたので覚悟を決めて席についたけど、、、

スクリーンに映し出されるいつもの暮らし。
見慣れた景色といつもの光景。

1枚1枚の写真が息を飲む程美しく、こんな美しい世界に住んでいるんだと思ってしまうのですが、
それ以上に沸き上がる様々な感情に自分自身が圧倒されて思考停止状態になって、、、

正子さんにもしっかり感想をお伝えできなかったので帰ってからと思ったのですが
やっぱりまだ無理でした。
また後日チャレンジします。

日付は変わって今日になりますが移民祭も残すところもう1日。

ほんとに素敵なイベントです。
ぜひぜひお越しください。

高谷裕治

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by hiruzenkougei | 2013-08-25 00:15 | 考えごと
未来は明るい
秋冬ニンジンの草取り、間引きが始まっています。
暑い中でも、涼しい風。秋の訪れを感じさせる蒜山です。
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今夏、蒜山耕藝に、二人の若者が来てくれました。
高校三年生のミッキーと、タルマーリースタッフのハルちゃんです。
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それぞれ2週間と1週間の予定を終えて、それぞれの世界に帰っていきました。

私たち蒜山耕藝は2年目。手本となるような田畑もありませんし、教えられるような農業技術もノウハウもありません。でも、私達がどういうことを目指して、大切にして、農業をやっているか、直接言葉にしなくても、感じてもらえたのではないかと思います。

蒜山耕藝メンバーにとっても、彼らの感性、言葉に考えさせられ、陽気で明るい仲間が増えて楽しく、有意義な時間となりました。一番の楽しみはやっぱり収穫したての野菜をみんなで料理してみんなで食べた三度三度の食卓でした。

二人が蒜山耕藝での生活をFacebookで感想を書いてくれました。とても素晴らしい文章なので二人の許可をもらって、ブログでも転載させていただきます。

ハルちゃん Facebook 7月30日記事
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なにもかもがシンプルで在る。
生きる事とは?
ただただシンプルで在るだけ。
植物も動物も人間も全て同じ。
農薬を使わず育つ作物は、
環境さえ適していれば、
自ら力強く元気に育ってゆく、
生きるパワーが漲る野菜達は本当に美味しくて、見た目も綺麗!
まさに、地球の命である作物達。
元気の源と愛がぎっしり詰まっている。

今回お手伝いできて本当に良かった(^O^)/
今まで無駄な物がありすぎた。
無駄なお金を使っていた!
シンプルであれば在るほど大切な物を感じれる気がする。
蒜山で会ったイケテルおじさんが言ってた、
また地球は一回りしてまたスタートすると。
だからこそ今が大切!
出来る事を一所懸命する!
人も物もナチュラルが1番!
シンプルシンプル*
毎日がご馳走でした♪
取れたて野菜で手作りピザにベジ餃子にお好み焼き!
美味しすぎて常に満腹でした!笑
いい経験させていただきました!
感謝でいっぱい(^O^)/
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ミッキー Facebook 8月4日記事
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こっちに来て学んだことが、いっぱいある。…と思う。笑
って言うのは、やっぱ2週間だけでは「分かったこと」より「分からないこと」の方が増えたから。
けど、それで良かったと思ってる。
なぜなら「知らない」のと「分からない」のとは全く違うから。知らないんじゃ「善い」も「悪い」も、「分かる」も「分からない」もないしね。
「分からないこと」が見えてくれば、次にやることが何となくでも見えてくる。
それだけで、とても大きな収穫ですね。
だから、今回のここ蒜山耕藝での2週間は自分が本当に何も知らないということを知って、「じゃあ、もっと色んなことを吸収しなくては!すべては知るところから始まるんだ!」っていうことを実感し再発見するっていうスタート地点になりました。
この調子で「分からないこと」を沢山と、「分かること」をちょこっとずつ増やしていくために、沢山のことを吸収していくぞー!
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どうですか?大人のみなさん。

私が十代や二十代の独身の時に(といっても15年~25年くらい前ですが)こんなこと、考えたこともありませんでしたし、周りだってそんな奴はいませんでした。もちろん意識の高い方々はいつの時代、年代でもいらっしゃったと思います。でも、本質を見ようとする意識、価値観の変化は確実に起ってきています。
そんな、ある意味、頼もしさを最近の若者から感じることが多くなっています。

「未来は明るい」

そんな希望を感じる夏です。そんな彼らの背中を応援できる”おじさん”になりたいと思います。

桑原広樹
by hiruzenkougei | 2013-08-22 17:02 | 考えごと
「ろっかつふてえ」
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蒜山耕藝のブログタイトルにしているこの言葉。
私たちが住んでいるこの地域で昔から使われている言葉です。

「6月1日はろっかつふてえ。」

「農業を休む日で、この日は正月礼最後の日ともいわれ、正月礼をしていない人はこの日行う。」

「聞き書 岡山の食事」(農文協)という本には今住んでいるまさにこの地域の昔の暮らしぶりが詳細に記録されています。
何度も読み返すなかでとても印象に残った言葉です。


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昔の人々の暮らしは「自然との調和」が今よりも大切にされていたと思います。
自然環境が厳しくなればなるほど自然に合わせた暮らしでなければならなかった。
そういった暮らしのエッセンスがいろんな形となって残されていったのではないでしょうか。

「ろっかつふてえ」もその一つで、蒜山の自然と調和した暮らしのシンボルのような意味合いでブログタイトルにしました。


そして、昨日は旧暦で6月1日。

前からこの日は休もうと思っていましたが農作業が溜まっていたのでいつも通り作業していました。
きっとどこか無理があるんだろうなと思いつつ、いつかろっかつふてえにゆっくり休むことができるような暮らしができたらと思います。

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高谷 裕治
by hiruzenkougei | 2013-07-09 21:33 | 考えごと
自然栽培の土づくり
3日前、梅雨入りした中国地方ですが、本日は、清々しい晴れ間がありました。
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先日、九州から岡山に来訪していただいた、自然栽培農家の川越さんと松本さん。お二人から、いろいろお話を伺って、蒜山耕藝メンバーが感じたこと。裕治さん絵里香さんがそれぞれブログで記事にしてくれました。

それは、私たち自身の取り組む姿勢が中途半端になってしまっていたこと。知らないうちに、作物を栽培することの意識が強くなっていて、自然栽培の基本である「土づくり」への気持ちが希薄になっていたこと。このことに改めて気づかされたことへの反省です。

では、具体的に、私たちの畑の土がどうなっているのか?そして、これからどうやっていくのか?現時点での私たちの「土づくり」の方向性をお話してみようと思います。
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これは、今年からお借りする畑の土です。これは、トラクターで耕起した直後なのですが、大きな塊がごろごろしているのが分かると思います。

これは土の塊です。この塊はとてもかたくて、石のようです。手で思いっきり握ると何とか割れるのですが、雨が降ってしまうと、またすぐにゴロゴロに固まってしまいます。
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こんな状態では、野菜は十分に根をはることができず、自然のエネルギーを吸収することができません。肥料や農薬を使わずに野菜の種をまいても、発芽はするのですが生長しないまま枯れてしまったり、あっという間に野菜の葉っぱを虫に食べられてしまったり、スギナなどの雑草(雑草という名前の草はありませんが、便宜上そうよばさせていただきます)に畑を覆われてしまったりします。

千葉県で就農した当初も同じような土の状態だったのですが、何年も休耕した畑で、雑草ばかりになってしまっていたところを畑に戻そうとしたとき、そうなっていたと記憶しています。今回の畑も、数年間は休耕しており、雑草が生えたら、トラクターで土を起こしたりして管理されていたそうです。

そもそも、土とはこの地球上にどのようにして現れたのでしょうか?月には土はありません。あるのは岩と砂です。月には生物がいないからです。土は、微生物や植物によって作られた有機物と、無機物である砂が結合したものです。つまり、植物は自らの生息する環境をつくるため、自分の根や葉などを元に土をつくっているとも言えます。

つまり、森の土は、木が育ちやすいような土に。草原の土は、野草が育ちやすい土になっていくと考えています。同じように自然栽培では、畑では、野菜を作り続けることによって、野菜が育ちやすい土になっていくと川越さんはおっしゃっていました。

養分補給が目的ではなく、あくまで、野菜が育ちやすい環境をつくるのが目的なので、畑以外で成長した野草や木の葉を集めて畑に入れることはしません。じゃあ、どうしたら、野菜が育たない、雑草ばかりになってしまった畑を、野菜の育つ畑に変えていくのか?

そこで、自然栽培では、より雑草に近いと思われるライ麦やえん麦、豆類を栽培することで、収穫をしながら土づくりをしていきます。始めのうちは、ライ麦でさえ大きく生長しない畑でも、根気よく2,3度栽培していくことで、全く肥料を入れなくても、人の背丈よりも大きく畑一面びっしり育つようになるそうです。

そうなってきたら、野菜も徐々に育つようになってきます。その後は、麦類ではなく、野菜を作っていきます。麦の栽培をずっと続けていくと、今度は、麦が育ちやすい土に変化してしまうとのことです。
その圃場ごとに土の状況から、今後何を栽培するか、あくまで土づくりの一環として、栽培計画を作っていくことになります。

野菜は人間が自然界の中から見出して、選抜、育成してつくりだした植物です。そのような植物が育ちやすい土にしていくには、やはり、人間が積極的に関わっていくことで、より短い期間で食糧生産を可能とすることができると川越さんはおっしゃっていました。「自然栽培」が単に「無肥料栽培」「放任栽培」ではないと言われる所以です。

これから私たちは、「土づくり」を第一に野菜の作付けを考えていきます。今後、数年は、スーパーにならんでいるような、様々な種類の野菜は栽培できないかもしれません。でも、それが最終的には、素晴らしい野菜をつくる一番の近道であることは、たくさんの自然栽培農家の先輩たちの経験から私たちは知っています。

今年、夏野菜の苗を大失敗してしまったこと。川越さんと松本さんに蒜山に来ていただいたこと。すべては、私たちに、「土づくりに立ち戻りなさい」という天からの声だと思わずにはいられません。今後、土と相談しながら、徐々に栽培する野菜の種類を増やしていきたいと思います。
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桑原広樹
by hiruzenkougei | 2013-05-30 22:55 | 考えごと
明確な問い
先日、自然栽培農家の川越さんと松本さんが岡山にいらした時に感じたこと。

前回のブログ「自分への誓い」で絵里香さんの思いを書きましたが、桑原君や自分も同じように強い衝撃を受け、心が動きました。

いろんなことがありすぎて1週間経った今でもグルグルしていますが、その後日々の作業をしていると少しづつですが確実に腑に落ちていくのを感じます。

今はまだブログで書けるほどまとまっていませんが、腑に落ちたものが積み重なってきたらそのことを徐々に書いていきたいと思います。


さて、話は変わりますが「自然規範」という言葉があります。
自然栽培を語る上で欠かせない言葉です。

簡単に言えば人を師とするのではなく自然を師とすること。
自分が千葉での研修中毎日のように聞いてきた言葉です。
そして川越さんの口からも幾度となく発せられました。

ここ数日、その言葉を再び強く考えるようになりました。

自然を規範とすること。
自然の中にヒントを見いだすこと。

わかっているつもりの自分がいました。

「自然のことを知りたいからあえて不自然なこともする。結果が教えてくれる。」

そのようなことを川越さんが言っていたのを聞いてハッとしました。

たしかに自然は明確な答えをくれる。
でもそれは明確な問いがあってからこそ。
自分はその明確な問いをしてこなかった。

自然や土や作物から感じるだけなく自ら問いかける。
言葉だけではなくあらゆることを通して問いかけ答えをもらう。

自然と会話するというのはこういうこと。
無肥料無農薬栽培というのではなく、「自然栽培」という言葉を選ぶ理由の一つはそういうところに魅力を感じたからでもありました。

いい加減な問いには明確な答えは返ってこない。
だから明確な問いをしたい。

詰まるところそれは「しっかりやること」なんだと思います。



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高谷裕治
by hiruzenkougei | 2013-05-18 21:27 | 考えごと
自分への誓い
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川越さんの自然栽培らっきょう。5月11日に開催された「食と暮らしのものさし作りスペシャル講座」にて。
土寄せしたらっきょうと、土寄せせずにそのまま育ったらっきょう。
あんなに印象の違う味わいになるなんて!


上記の講座を主催されているCOLTRADAの道子さんとa tavola!のゆかりさんが「自然に寄り添う暮らし 農家編」として九州の自然栽培農家川越さんと松本さんのお話を伺う機会を企画してくださったのです。


講座にて。我が家でお酒を呑みながら。私たちの圃場を見て頂いて。
おふたりの話を伺うごとに頭の中は呆然です。

「私、今まで何をしていたんだろう。田畑も土も全然見ていなかった!!!』

雷に打たれたような衝撃です。


千葉では毎日のように師匠から「土づくり」「人づくり」という言葉を聞かされていました。
そのことがどんなに大切か、何度も何度も実感していたはずなのに。
いざ自分が田畑と向き合うようになって、全く実践できていなかったという衝撃の事実にやっと気がついたのです。


自分はブレなく生きている、と思い込んで、実はブレまくっていたという事実。
そのことに気がつかされました。


「食べたいものをつくる」。
そのために今すべきことはなんなのか。
作物を収穫することにばかり意識が向いてしまい、一番肝心な土を全く見れていませんでした。
今この瞬間も驚いています。
あんなに研修先の畑で学んだことなのに、すっかり抜けていた私という人間のもろさ、弱さに。
でも、そのことに気がついて落ち込んでいるわけではありません。
反省すべきことは反省し、今は心に熱い火が灯っているのを感じています。


川越さんや松本さんの農の手法を伺って、そのことに気がついたのではありません。
それだけだったら、きっと私は気がつけていなかったと思います。
おふたりの農業に対する情熱や生き様をまっすぐに見せて頂けたからこそ、気がつけたのだと思います。


「農を業とすること」

最近ずーっと考えていたテーマでした。
それを熱い情熱を持って「実践」されているおふたりにこのタイミングでお会いできたこと。
本当に幸運で幸せなことだと思います。
こんな機会を与えて下さったみなさまに、この感謝の気持ちをどうお伝えしたら良いのか!


私も「実践」していこう。私なりの「結果」を出していこう。


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高谷絵里香
by hiruzenkougei | 2013-05-13 22:50 | 考えごと
Pouponnière 〜 選ぶということ
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今が見頃、菜の花畑の風景。


数日前になんとか今年作付け分の米の苗箱をすべて並べ終え、少しだけほっとしています。


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この苗代の一部は、ジャックさんと私で溝をつくり土を運び出してつくりました。
結講な重労働にも関わらず、淡々と、いえ、むしろ楽しみながら作業をしてくれた彼の笑顔を思い出します。


私は日本語しか話せないので(笑)、彼との会話はすべてシンプルな日本語でした。

「ここはお米の赤ちゃんを育てる場所です」
と説明すると、辞書を開きながら
「Pouponnière ですね。」と。
フランス語で「乳児院」という意味だそうです。

なので、私たちはこの苗代を「プーポニエール」と呼んでいます。
ジャックさんは日本の風景をとても愛し、このプーポニエールに水が入り、苗が並ぶことをとても楽しみにしてくれていました。



ジャックさん、ナタリアさんと過ごした1週間で、私の心にたくさんの変化がありました。
変化というよりも、どんどんクリアになっていったのです。



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そして思ったこと。
人間は自分というフィルターを通して物事を見て、感じて、受けとめている。
そのフィルターをクリアにすることで、どんなに世界を美しく感じられる事か。


フィルターを通さない、ありのままの世界が神様(や自然と呼んでいる大いなる存在)の世界だとしたら、それを見ているのは、もしかしたら生まれたての赤ちゃんの頃だけかもしれません。
自分というフィルターを通して世界を見るということは、様々な選択を重ねるということでもあります。


ジャックさんにあるとき「偶然ですね。」と言ったことがありました。
するとジャックさんは「私は偶然や運命は無いと思います。全て自分で選んでいるのです。」と語ってくれました。
ジャックさんが言っていた「自分で選ぶ」ということは、短絡的に「自分が全て選んで生きている」というような傲慢なことではなく、「自然に生かされている上で、どのように感じるか、どのように生きるかを選んでいる」ということなのではないかと、私は解釈しました。


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物事には全ていい面と悪い面があります。プラスとマイナス。陰と陽。
まっすぐにありのままを受け止めること。その先にある必然。


そんなことを考えながらプーポニエールに苗箱を並べていきました。


今朝、水管理に行ってきた裕治さんが「少しだけ芽が出ていたよ。」と教えてくれました。




高谷絵里香
by hiruzenkougei | 2013-04-30 09:37 | 考えごと
自然栽培のヒント
春の蒜山は、山菜と春の菜の宝庫です。
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現在はフキノトウやつくしが終わり、カンゾウ、野ウド、葉ワサビ、そして菜の花たちの
季節となっています。これからはワラビ、タラの芽、コシアブラ。
毎日が採りたて山菜の、おひたしや天ぷらなど、ごちそうの食卓です。
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天然の山菜は、肥料をやらなくても立派に育ちますし、農薬を使わなくても、病気になることもなければ、虫に食べられてしまうこともありません。

当たり前といえば当たり前なのですが、そこには自然栽培のヒントが隠れています。

山菜はどこにでもいつでも生えているわけではなくて、決まった条件の場所に決まった時期に繁茂しています。つくしは水はけのよく、日当たりの良い斜面。葉わさびは日陰で砂利で水気の多い場所などなど。

野菜も、山菜と同じ植物です。その野菜が育ちやすい時期と環境を選んであげれば、農薬も肥料も使わなくても自然と育つはずなのです。

「どうやったら、無肥料、無農薬で米や野菜をつくることができるのか?」

ではなくて、そもそも

「米も野菜も無肥料、無農薬で育つものだ」

と考えるところからスタートできればと思います。私が師匠から教わったことはこの一点のみといっても過言ではありません。師匠は、自らの畑で、野菜を栽培することでそれを私たちに教えてくれました。

彼は、具体的な栽培法は何一つ教えてくれませんでした。師匠の畑でうまくいったことをそっくりそのままやっても、うまくいくかもしれないし、いかないかもしれません。そもそも、そっくり真似しようとしても自分に技術が無くてできないんですけどね。

無肥料、無農薬で野菜はつくれると信じることができれば、あとは、うまくいかない理由を自分の畑の中から見つけてそれを取り除いていけばいいわけです。何かを加えるのではなくて、取り除く。これがポイントです。(それが難しいのですが・・・。)

同じ地域でも、圃場によって、いや、同じ圃場の中だって場所によって条件が違います。土質、地下水位や水はけの状況、日当たり具合、風の吹く方向など、数メートル移動するだけでその場所に合った野菜も変わってきます。

水はけが悪く、水が豊富にある場所は水田、その周辺の畑はキュウリやナス、サトイモなど水気を必要とする野菜。台地状になって水はけの良い畑は、ダイコンやニンジンなどの根菜。山の斜面を開墾したばかりの若い畑は、痩せた土地でも育つソバや豆類といったぐあいです。

特に地形が複雑な日本においては、どんな場所でどんなふうに農産物をつくるのか?きめ細かい判断と対応をしていく必要があります。それは決してマニュアル化できないものです。多様な圃場の状況を考慮せず、単品目を栽培し、旬を外して高い単価を狙う農協主導型の産地化では農薬が大量に必要になるのは必然です。

「自然栽培は人間に教えてもらうことはできない」

これは、私の師匠の言葉です。ブログでは便宜上、師匠と呼んでいますが彼は私たちが「師匠」と呼ぶことを許しません。私たちは「○○さん」と苗字で呼んでいます。

「俺はあんたの師匠じゃない。自然が師匠だ。自然から自分で学ぶしかないんだ」

自分の畑のことは誰よりも自分が一番よく知っている。うまくいかない時は、その理由は自分で考えて行動しなさい。と。

自然栽培は放任栽培ではありません。田畑という場での人間と作物との共同作業です。作物は命をつなぐ。人間は食料をいただく。共存共栄の考え方です。私達人間が作物に対してどういった関わり方をするのか?どうやったら作物が成長しやすい環境を整えることができるのか?それは取り組む一人一人が自らの田畑から感じとるしかないのです。

桑原広樹
by hiruzenkougei | 2013-04-09 01:11 | 考えごと
雪景色の中の夏野菜
先日、夏野菜の種を撒きました。ここ2,3日でナス、ピーマン、トマト、ズッキーニなどが発芽してきました。
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ナス科野菜の発芽適温は25度前後。今日も、最低気温がマイナスになり、雪が舞うこの地では、一か月以上先の気候となります。

今年は、私たちは、ビニールハウスを使い、電熱マットを利用した温床で育苗をやっています。培土は状態の良い畑の土をふるって使っています。
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昨年はあたたかくなる時期まで待って、無加温にて育苗を行ったのですが、収穫開始が8月中旬となってしまい、9月末には寒さにより収穫がおわってしまうので、経営的には全く成り立たない状況でした。味は大変おいしく、特にナスは私が今までやってきた中で一番のおいしさであったと思います。

ビニール資材や、電気を使うことに葛藤はありますが、冬季は雪に閉ざされるこの場所で、夏野菜を諦めては農業が成り立ちません。幸い、品質は、自分たちが納得できるものができそうですので、なんとか、夏野菜もみなさまにお届けできるようにしたいと思っています。なにより自分たちも食べたいですしね。

しかし、自然に逆らうということは、必ずその報いは受けなくてはなりません。本来の時期に発芽し、畑で成長している野菜は、そんなことをする必要はありませんが、ビニールで囲ってしまった以上、毎朝、毎夕の温度管理、水分管理は欠かせません。

乾燥したり、低温では生長しませんが、逆に、温度が高すぎたり、湿気で蒸れたりしても徒長(とちょう)してひょろ長くなってしまい、病気になりやすくなったり、育ちが悪くなってしまいます。
先日の春の嵐のような大風の時は、ずぶぬれになりながらビニールハウスの補強に走りまわらなくてはなりませんし、日差しが急に強くなったときには慌てて温度を下げないと、葉がチリチリに焦げてしまったり、数年に一度という大霜が来たときには、凍傷で全滅することもあります。

自然のリズムを無視して人間の都合を持ち込んだために、無駄な資源を使ってしまったり、本来する必要のない心配や手間をかけてしまっているのです。

人間はどのように自然とかかわっていけばいいのか?どのようにバランスをとっていくのか?葛藤しながらも、夏に美味しい野菜が食べられることを、そして、皆様にお届けできることを楽しみに、ナスやトマトに相談しながら、日々、模索していきたいと思います。
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桑原広樹
by hiruzenkougei | 2013-03-22 08:50 | 考えごと
「藁塚放浪記」を読んで
去年の秋から仲良くさせて頂いている倉吉の左官職人の佐治三津弘さんからお借りした数冊の本。



その中でも深い感銘を受けた「藁塚放浪記」です。
著者である藤田洋三氏が日本全国の藁塚を撮影したものをまとめたものですが、かつての人々の自然と共に生きていた証を見るようで一気に読んでしまいました。

本編の内容も素晴らしいものでしたが、巻末の解説に書かれていた一節が印象に残りました。



「たぶんわたしたちが稲という禾本科の植物の全体が即実である米を取り出す事によって稲を育んできた泥や水といった自然とのつながりを見失うことになったのではなかろうか。」(小林澄夫『左官教室』編集長)


稲作農家である自分にとって心に残る言葉です。

自然栽培で米つくりをする中で感じている疑問や課題は多々あります。
それを見ないふりをしたり、他人任せにしてしまう自分がいたり、アイデアが浮かんでも労力が大変だからとやらない自分がいます。

それが今回紹介した本を読んだり、佐治さんやAA Studioの橋詰さんや徳永さんと出会う中で農業の中で感じる疑問や課題に向き合う勇気を頂いている、そんな感じがしています。

立ちはだかる壁に痛みを覚悟で突っ込むのではなくて、楽しさを感じながらいつの間にか超えている。
そんな風になったら理想です。


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ちなみにこの写真はAA Sutioさんにあった本物の畳の断面です。

表面の畳表はい草ですが中身は稲藁です。
田んぼ1反(約300坪)あたり15枚の畳しか作れないらしいので畳1枚に使われている稲藁は相当な量です。
今は稲藁が無いので畳の芯は発泡スチロールなど使用されていますが、心地よさも機能面も本物には遠く及ばず。

い草も稲藁も本物の畳で、いつか昼寝をしてみたいものです。


高谷裕治



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by hiruzenkougei | 2013-02-27 21:31 | 考えごと