「つくる」暮らし
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蒜山耕藝
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カテゴリ:考えごと( 46 )
「生き様」を考える
辞書には

生き様とは、その人が生きていく態度・ありさま。生き方。

と書かれています。

例文には「はげしい―を描く」と書かれているくらい剛直なイメージを持つ言葉なのでブログで使わなかった言葉です。


311以前から「人の生き方」について考え続けてきてその結果として今があります。
もちろん311後はさらに深く考え続けていることですが、最近思うのは人ではなくて植物についてです。

辞書には生き様は人に用いられていますが、植物だって命ある生きものなのでそこには「生き様」があるでしょう。

自分の中では米や野菜も生きものという意識が強くあるのでつくるものがどういう生き様を描くのか意識するし、元を言えば、植物本来の生き様を追い求めた結果として肥料や農薬を使わないつくり方をしています。

でもここでひっかかるのは「本来の生き様」ということ。

一体何なのか?

正直よく分かりません。
きっと理解しようとして理解できるではないけど、意識しなければいつまで経っても感じることはできないものかもしれません。

それでも自分が「生き様」について考えるのは、肥料も農薬がなくても
美しく、強く、逞しく育つ植物の「生き様」の中に眩いほどの光が見えるからです。


「つくり手の生き様が作品に表れる」

とたまに耳にすることがありますが自分としては、

「作品の生き様がつくり手に表れる」 


こうありたいなと憧れのような気持で思っていますが
まだまだ先は長そうです。

大寒という節目に書いてみました。

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高谷裕治
by hiruzenkougei | 2013-01-21 00:06 | 考えごと
冬の作付け会議
この冬は冷え込みが厳しいものの予想に反して雪が少ない蒜山です。
去年の今頃は雪掻きが毎日の日課で大変でしたが今年は少し楽をさせてもらってます。

とはいうものの、田畑は雪で覆われているので家の中でぬくぬくと小豆や大豆の選別をしたり、この一年の計画を話し合っています。

一昨日は田畑の作付けを話し合いました。
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「食べたいものをつくる」

蒜山耕藝のテーマです。

だからといって人間都合だけで何をつくるかを決めるのではなくて、
あくまでも主となるのは自然であり大地です。

自然があって土があり、その上に私たちの暮らしがあります。

「あれも食べたい」「これも食べたい」といろんな種類の野菜が出て来ますが、
土の状態を考えるとすべてというわけにはいきません。

「大根と人参はできる」
「キャベツはまだ無理」
「茄子は畑が変わるから厳しいかも」

こんな会話が続きます。

食べもの以外にもつくりたいものがいろいろあって頭を悩ませています。
結局、一昨日は時間切れで計画は完成しませんでした。
まだまだ春は遠いのでゆっくりじっくりと考えようと思います。

話し合いの後は以前仕込んだ漬け物を全種類樽から出して夕食にしました。
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白菜、聖護院大根、紅芯大根、土居分小菜、たくあん。
そしてご飯は天日干しのイセヒカリ。

地味ですがなんとも味わい深い夕食でした。

高谷裕治
by hiruzenkougei | 2013-01-10 20:53 | 考えごと
はじまりの朝


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さあ、2013年がはじまりました。



元旦の朝の清逸で晴れやかな空気、しっかりと心に留めています。


人間には到底及びもしない自然の厳かな力強さと、
それでも光を注いでくれる温かさを感じた朝でした。


この蒜山の地でしっかりと根をはって暮らしていきたい。
年が明け、一番に思ったことです。


冬の間は農作業がお休みです。
じっくりと、今までのこと、これからのことを考えていこうと思います。
ブログでも自分たちが考えていること、
忙しくてご紹介できなかった2012年の出来事なども綴っていきたいと思います。




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大地を感じ、太陽に感謝し、奢ることなく淡々と田畑に向かい合っていきたい。


2013年も蒜山耕藝をどうぞよろしくお願い致します。






高谷絵里香
by hiruzenkougei | 2013-01-08 11:32 | 考えごと
本年最後のご挨拶
今年も残りわずかとなりました。

みなさまの応援をいただいて、蒜山の地で農を営んで初めての新年を迎えることができます。

私たちがつくり育てたお米や野菜たちを、たくさんの方々が購入してくださったことが私は本当にうれしいです。
それは単に、農産物を栽培し販売し代金をいただいた、ということではなくて、これだけ経済優先、効率重視の世の中で、こんなにもたくさんの方々が安くない金額を払い、注文や支払いの手間をかけてでも、私たちが取り組んでいることに共感してご注文をしていただいた。そのみなさまの、お一人お一人の姿を感じることができたからです。
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圃場の状態も、私たちの技術も、まだまだ未熟なことばかり。毎日が失敗の連続でしたがそれでも、稲や野菜は何とか育ち、実ってくれました。味や香りなども、自然栽培の巨匠たちの足元にも及ばないですが、それでも選んでくださったみなさまに本当に感謝しています。

私達がどうして農業を選んだのか?どんなことをやりたいと思っているのか?このブログでも言葉を変えて、何回も同じようなことをお話させていただくなかで、たくさんの方々とお知り合いになることができ、お話しできたこと。そして、実際に行動していただいたこと。そのことに私はとても希望を感じていますし、きっと世の中も良い方向にいってくれるだろう思います。
これからの数年は、一時的に絶望的な状況になるかもしれませんが、みなさんと希望をもって来年からの毎日も大切に暮らして行きたいと思います。

今年は大変お世話になりました。そして、来年もよろしくおねがいします。

桑原広樹
by hiruzenkougei | 2012-12-29 20:35 | 考えごと
めし碗から台所へ。
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「暮らしの真ん中にある一杯のごはん。」



お米をつくり、収穫し、袋に詰めてお届けする。
その過程で何度も心の中でくりかえしていたフレーズです。



私たちは2011年3月に起こった震災をきっかけに、ここ蒜山に移り住みました。
振り返ると、それは自然の流れだったような気もするし、
えいやっと力を込めて決断したような気もします。

いずれにしても自分の真ん中に何度も問いかけて、
西の地で農を営もうと決意したのでした。




ちょうど悶々と悩んでいた頃に、心をわしづかみされた言葉がありました。



『「食べる」をまんなかに。』



うつわ祥見の祥見知生さんがディレクションされていた「TABERU」という器の展覧会のテーマです。



この言葉に出会って、本当にすんなりと自分の中で答えが出たのでした。


私にとって生きることは食べること。
どんなに絶望的なことが起こっても、あたたかなおいしいごはんが食べたい。
正しい答えなんてない。
今、そのために自分がどうしたいのか。
よし、私は動こう。



千葉から岡山へ引っ越しをするとき、長い間住んでいた鎌倉に立ち寄りました。
そして、移住の覚悟の証として、夫婦それぞれの「めし碗」を選びました。
あの言葉を伝えてくださった祥見さんのお店で。



岡山に移ってからは無我夢中で田畑を探し、家を探し…。
嬉しいことも悲しいことも楽しいこともしんどいことも、たくさんありました。
それでも1日3回ごはんの時間はやってきて、
このめし碗でお米を食べることができる。
そのことに、深いところで本当に支えられていた気がします。




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あれから1年半の時間が過ぎ、めし碗もすっかり私たちの暮らしの色に染まってくれています。
自分たちがつくり収穫したお米を、このめし碗によそうことができたこと。
そのときの嬉しさといったら。




つい先日、倉敷意匠のアチブランチで行われた早川ユミさんと祥見知生さんのお話会「ごはんは大事。私の台所をつくろう。」に参加することができました。
おふたりの感性を通して発せられる言葉のひとつひとつに、自分の思いもどんどんクリアになっていくような、そんな素敵な夜でした。



一杯のめし碗から台所へ。
少しだけ自分の思いを広げてみようと思います。
田畑の作業ができないこの冬。家の改装をはじめようと考えています。
家の真ん中に台所を。これも早川ユミさんから頂いた大切なメッセージ。
蒜山耕藝としてどんな風に実現させていくのか。
わくわくしながら、今日もごはんをいただきます。




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高谷絵里香
by hiruzenkougei | 2012-12-23 10:13 | 考えごと
「暮らし」の根本にある「いのち」
衆議院総選挙が終わりました。

結果についてはあえて何も言いませんが、残念に思うことが多くあった選挙でした。
そして、いま大切にすべきことを改めて考え直す機会にもなりました。


私達は「つくる暮らし」をテーマとしています。
その根本にあるのは「いのち」です。


「暮らし」の根本にある「いのち」


暮らしとは単に生活するというのではなく「いのち」を守り、つないでいくこと。


丁寧に暮らすことは単にキレイに暮らすというのではなく、
「いのち」を尊重していくこと。


「つくる」ことにも「いのち」があります。


人は言うまでもなく食べることで生きていけます。
食べるお米や野菜も「いのち」なので「いのち」を頂くことで生きていけます。


人は食べものをつくります。
種を蒔いて収穫し、またその種をとる。繰り返しです。
作物がうまく育たなければければ人は生きていけないので
自ずと「いのち」を守らなければなりません。


自分の命は相手の命を守ることによって守られる。
今回の選挙をきっかけに改めて感じたことです。


どんなときでも、つくる暮らしを通して「いのち」と向き合っていきたい。



..................................................................................................



という文章を昼間に書いてアップする前、に倉敷意匠のアチブランチで行われた
早川ユミさんと祥見知生さんのお話会「ごはんは大事。私の台所をつくろう。」にイル・リコッターロの竹内君と行って来ました。

お二人のお話が昼間に自分が書いていたこととリンクしていてとても興奮してしまいました。

今日はもう遅いので詳しい感想はまた後日。

出発する時は積もってなかった雪が帰宅したら20cm程積もっていました。
明日は朝から雪掻きとなりそうです。




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高谷裕治
by hiruzenkougei | 2012-12-18 23:51 | 考えごと
ナスの亡骸
雪が降る直前になってしまいましたが、夏から秋にかけてがんばってくれたナスとトマトの片づけをしました。

枯れてしまったナスやトマトの枝を刈り取って集める単調な作業ですが、やっているうちに枯れた枝が妙に気になって、しばらくぼんやりと考え事してしまいました。

彼らは一年一年が一生。春に芽を出し、夏に成長し、秋に実をつけ、冬に枯れます。
毎年、自家採種をすることで彼らの世代交代を私たちは見届けることができます。

彼らは私達には何も語らず一生を終わるわけですが、精一杯生きた証がそこにはありました。
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夏の生き生きした作物の姿も美しいですが、こんな姿も美しいなー。と思いました。
自分もこんなふうに死ねたらいいなぁ。と。
ただ、自然の一部として生まれて、淡々と生き命を繋いでいく。そして、また死んで自然に還っていく。それで十分幸せなんじゃないかと私自身は思います。

今の人類はちょっと自意識が過剰というか、自分個人というものを強く感じすぎているのではないかと私は思います。
自分は何のために生きているのか?どんな人間になりたいのか?今のままじゃダメなんじゃないか?何をやりたいのか?何を成し遂げたいのか?ただ生きているだけの人生は意味がないのではないか?
そんな苦しみを日々感じすぎているのではないでしょうか?

次世代のため、子や孫の世代の為に…。私もそういう表現をよく使ってしまいますが、本当は違うのではないかと思います。私も30年前は次世代を担う純真無垢な幼子でした。そして、今現在、私たちの子供達も2,30年たてば私達と同じように親世代となります。
次世代の為にと自分の人生を犠牲にし、経済的な豊かさを最優先しても、結局は同じ状況を次世代に引き渡しているだけでしかないように私は感じてなりません。

今の生活を大事にすること、まず、自分を愛すること。大事にすること。それができて初めて家族や周りの人たちを幸せにできる。
ありがままの自分で十分幸せ。そう思えたら毎日がとても幸せで満ち足りた生活になるのではないでしょうか?
もちろん、自分の能力や技術を磨くこととか、そういった努力を否定しているわけではありません。ただ、自分自身の気持ちのあり方として、短所ばかり気になってしまうけど、今を精一杯生きる自分を認めてあげることが人生を幸せに感じる第一歩ではないかと思います。自分が本当に幸せと思える生き方をする。それがこれからの次世代へ繋ぐ社会を作る一歩だと私は信じています。
目の前の農作業を淡々とできることの幸せを感じつつ、ナスやトマトの亡骸に思いを馳せて。

桑原広樹
by hiruzenkougei | 2012-11-30 20:53 | 考えごと
「食べたいものをつくる」
「食べたいものをつくる」

私たち蒜山耕藝のスローガンのひとつです。

自然栽培をしているにも関わらず人間都合とも思えるこの言葉。

生き物である植物を「育てる」ならともかく「つくる」といい、
「土地に合う」ものと言いながら「食べたいもの」と言う。

矛盾していて誤解を招きそうなことですが、そこはあえて「つくる」という言葉を使っています。

それはブログを開設した直後に投稿した「「藝」に込めた思い」でも少し触れていますが、
自然と共に生きること
人間らしく生きること
これらについて考えた時「つくる」ということを掘り下げていくこと、実践することの中にヒントがあると思ったからです。

半年経った今でもその思いは変わっていませんし、むしろ強くなっています。
それを表現できるくらいになりたいと思っているのですが、まだまだこれからです。

ロゴが完成し、新たな一歩を歩き出した今、
もう一度原点に戻って考えてみました。



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高谷裕治
by hiruzenkougei | 2012-11-13 22:09 | 考えごと
家庭菜園で自然栽培のすゝめ
蒜山ではめっきり秋も深まりつつあります。今週の予報では最低気温が2℃まで下がるようです。本格的な寒さの到来です。
さて、以前、生業(なりわい)としての新規就農について記事をかきましたが、今回は家庭菜園で自然栽培やってみたいと思っている方に参考になればといいな。というお話です。
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自然栽培に興味がある方はご存じだと思いますが、自然栽培をネットなどで調べると、とても難しく5年、10年とかかるのは当たり前。というイメージをもたれるかと思います。このイメージに誤りはありませんが、家庭菜園でやるのであれば、それほど難しく考える必要はないのかな。と私は思っています。

土づくりはどうやるの?
肥毒っていうのがあるんじゃないの?
自家採種じゃないと無肥料で育たないのでしょ?
土地に合った野菜というけど何を作ったらいいのだろう?
まずは、マメ科か根菜から作った方がいいのだろうか?

いろいろ疑問があるかと思いますが、とりあえず、本屋にいって普通の家庭菜園の手引きを買ってきて、町の種屋さんに行って、今、播きどきの野菜を聞いて店員さんのおすすめの品種を買いましょう。種を手に入れたら、手引きを見ながら種を撒いてみましょう。もちろん、農薬と肥料のところは読まずに飛ばしてくださいね。

F1じゃないのかな?
遺伝子組み換えか?

マメ科のもの以外だったら多分F1種です。でもいいです。どうせスーパーで買う野菜も、自然食料品店で買う無農薬野菜も、だいたいF1種です。あえて固定種、在来種です!と表示してないもの以外は基本F1ですから。自家採種はもう少し上級者になってから徐々にやりましょう。最初のうちはF1の方が断然よく育ちます。病気にもなりにくいです。遺伝子組み換え?そんな種はまだ普通には売ってません。

なぜ、私がこんなめちゃくちゃなことを言うかというと、私どものところへ見学にいらしゃる方々、皆さん真面目で勉強熱心。。いろいろなセミナーや農業体験イベントも参加していて、いろいろな有機農法、自然栽培の巨匠たちの経験、技術を余すことなく知っています。でも、知りすぎて何をどうしたらいいか混乱している方、なかなか始められない方も少なくありません。

畳の上で水泳の練習をいくらしても泳げるようにはなりません。
案ずるよりも産むが易し。

一人でも多くの人に、採りたてのおいしい自然栽培のお野菜を食べてほしい。本当にそう思います。巨匠の素晴らしいお野菜もいいですが、みずからの体を使って畑を耕して、自然を感じて、そしてそれを味わってほしい。人生が変わります。

売れるような品質のモノを自然栽培で作るのは本当に難しいです。さらにそれで生活を成り立たせるだけの収益を得るのは本当に、本当に大変です。でも、食べれるよね。という品質であればそれほど難しくはありません。いろいろな野菜の種を撒いていると、たまによくできる野菜もでてきます。自分が作りやすいなー。自分の畑に合っているなー。と感じる野菜が数年やっているといくつか発見できると思います。そういうところから自分の畑に合ったものを見つけていく。良くできるものはやっぱりおいしいです。種も自家採種したくなってきます。そうしたらしめたもの。どんどん世界が拡がっていきます。

私たちが、自然栽培の農産物を育てて、こうやって皆さんに報告しているのは、もちろん私たちの農産物を購入いただきたいという思いももちろんありますが、私たちの本当の願いは、日本中の、いや、世界中の皆さんにおいしい食卓を家族で囲んで人生の幸福を感じてほしいのです。この世界の悲しみ、苦しみの根本的な解決の糸口はそこにあるのではないかと私たちは思っています。もし、あなたが畑をやりたいなー。と少しでも思っているなら、私たちと一緒にお野菜を育ててみませんか?きっと昨日とは違う風景が見られると思います。

桑原広樹
by hiruzenkougei | 2012-10-29 22:41 | 考えごと
新規就農で大事なこと
今回はいつもと趣向を変えて、自然栽培や、有機農法などで新規就農を考えている方、特に会社員や公務員の方がお勤め先を辞めて農業を始める場合、いわゆる脱サラ就農の方に参考になるのでは?というお話をしたいと思います。

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と言いながら、しょっぱなから他のブログの紹介ですが、新規就農を目指す方は、まずは、反田ごぼうで有名な反田さんのブログ「男反田の奮闘記」を一通り、ご覧頂ければと思います。かなりのボリュームですし、農業者でないとよくわからない内容もあるかと思いますが、理解できる部分だけでもいいと思います。

新規就農でかなり成功している方ですし、日々奮闘している現実の姿と、その考え方はとても参考になると思います。

じゃあ、本日はこれで。

というわけにはいかないので、私のお話も少し。

わたくしの新規就農者としてのキャリアは異常なくらい長いです。ポイントは農業者じゃなくて、あくまで”新規就農”です。つまり、万年新人ということ。半人前のまま一旦廃業して、また、就農して、というのをやっているうちに、一般企業だったら中堅社員になれるくらいの期間が過ぎてしまいました。

その間、いろいろな地域、地主さん、一般の農家さん、農業関連のお役所の方々、新規就農希望者、などなど、たくさんの農地や農業に関わる人と交流がありました。その中で、成功した就農者の方々に共通した考え方があることに気づきました。もちろん反田さんも同じような考えがあるようです。それは・・・。

「やらないことを決める」

あれ?ふつうは、なにをやるのかを考えるんじゃないの?と思いがちですが、そもそも農業をやりたいって思っている人たちなので、実は、そんなこと改めて考えなくても、頭の中はやりたいことでいっぱい。
真夏の畑の草のように、放っておいてもどんどん湧き出してきます。

いろいろな野菜をつくりたい。
珍しい西洋野菜や伝統野菜もつくりたい。
定番の野菜でも、変わった品種をたくさんやりたい。
もちろん全部自家採種!!
ブドウやリンゴなど果樹もやりたいし。
お米だって、日本人の食の基本だもの、やらなくちゃ。
牛や豚は難しいけど、養鶏ならできるかな?養蜂もやってみたい。

農業だけだったらまだしも

自然環境を守るNPOも設立したい。
消費者と交流したいので直売。毎週、野菜セットを発送するし体験イベントもやろう!
エネルギーも自給。暖房はもちろん薪ストーブで、炊事もカマドでやりたいな。
ガソリンは使いたくないから菜種栽培&天ぷら廃油を集めてバイオディーゼル!

文章で書くとすごいですが、こんな感じの方、結構多いです。
この例の方は、奥さまとお子様が3人いたのですが、経費と手間ばかりかかってなかなか収入につながらないものが多く、生活を経済的に維持することも、農地を維持管理することもできず、借りている農地を返さざるを得なくなって、地域にも住みにくくなって、廃業となってしまいました。
これは極端な例ですが、農業を継続している方でも、いろいろなことに手を出しすぎて、結局、良いものがなかなかできてこない方は多くいらっしゃいました。

成功している方はやりたいことがあっても「ぐっ!!」とこらえる。そして、今やるべきこと、やった方がいいこと、に集中する。自営業では、やりたいことをやるのよりも、やりたいことをこらえる方がずっとつらい。これができるかできないかが、分かれ道のような気がします。

反田さんはその辺が非常に明確です。反田といえばゴボウ。ゴボウといえば反田。というくらい知名度も品質も最高です。そして、あの反田さんが作るモノだったら間違いなし!ということで何を栽培しても、即完売という状況です。でも、調子にのって、どんどん手を拡げるということはしません。ブログではよく「グッ!!」とこらえる姿が出てきます。この話は反田さんとはしたことがないのですが共感頂けることは確信しています。

成功とはどういうことなのか?定義自体が難しいとは思いますが、自給目的ではなく、農を業(なりわい)とすること、買い手により良い食糧を提供することを目的とするならば、今日のお話はとても重要なことではないか。と私は思っています。
自戒を込めて。

桑原広樹
by hiruzenkougei | 2012-09-26 22:17 | 考えごと