「つくる」暮らし
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カテゴリ:考えごと( 46 )
「いのちを守る」こと
「いのちを守る」

毎日農作業をしていてよく頭に浮かぶ言葉。

人間は植物を栽培する。
人間のいのちを守るために植物をつくって食べる。

つくる植物もいのちある生きもの。
生きものである植物を守ることで人間が生きていける。

相手を守ることが自分を守ることになる。
植物のいのちと人間のいのちの関係。

人間と植物との関係だけでなく、
田畑を離れても、
家族や友人、社会との関わりにおいても同じことが言えないかと思いました。

一昨日も大規模なデモがありました。
官邸前だけでなく、大阪や北海道など全国各地で。

「再稼働反対」と一緒に
「子どもを守れ」のコール

大飯原発の再稼働後も諦めることなく大きくなる声の力の源は何でしょうか?

原発に対する拒否感だけではなく、
「いのちを守る」という根本的なところにそれはあるのではないでしょうか。

「子どもを守れ」という言葉は
先ほど書いたような人間と食べものである植物のいのちの関係と通じるように思えます。
周りの存在を守ることで自分も守られる。

裏を返せば、
原発が命を脅かす存在だと認識されてきたとも言えるかもしれません。

正しいどうかは別として、一つの考え方です。
長時間草刈りをしながら頭に浮かんだことを書いてみました。

農業という「いのち」と直結したことをしているといろいろ考えてしまいます。

次からはもうちょっと軽めに。

高谷裕治でした。
by hiruzenkougei | 2012-07-08 09:10 | 考えごと
豊かな食事
誕生日というと何か大好きな物を食べたりお酒を飲んだり、今まではそんな風に過ごしてきましたが、
今年はいつもの日常と同じように過ごしました。

もちろん妻は、何か食べたいものがあるかを聞いてくれたけど特別に食べたいものがなかったので特にリクエストもせず。

日中は田畑の作業をして帰ってきたのは19時頃。
夕飯のメニューは、

グリーンピースごはん
油と醤油で炒めた大豆にルッコラとエンダイブを合わせたもの
春菊と新玉のスープ

お米と大豆以外は畑で採れたもの。
(ちなみに大豆は近くの人がつくったもの)

いつもと替わらずシンプルなメニューですが、
今自分が食べたかったのはこれだったんだ〜、と思いました。

この一年、「豊かさ」ということについてずっと考えてきて、
それを追い求めた結果、今の自分達があります。

今の自分には昨晩のメニューが豊かなで贅沢なものだと思いました。

今の日常も慣れてきたのでそういう実感が薄れてくるなか、
とても大事なことを思い出させてくれた日でした。

体調が悪く、休みでずっと横になっていた妻。
畑まで収穫に行ってごはんを作ってくれたことにも感謝です。

午前中草刈りしながらそんなことを思っていたので書いてみました。

午後も草刈りです。
またそんなことを考えながらやってきます。

高谷 裕治
by hiruzenkougei | 2012-06-28 12:57 | 考えごと
作付けは食卓から
始めて過ごす蒜山の梅雨。

梅雨というとジメジメして蒸すようなイメージがあるのですが、ここ蒜山の梅雨は今まで住んでいた所の梅雨とは違って少し驚いています。
雨が少ないということではないのですがだいぶ気温が低いです。
ジメジメムシムシは無いので過ごしやすくて良いのですが、イメージと体感に大きなギャップがあってまだ自分が蒜山の自然のリズムに合ってないんだなぁと思う今日のこの頃です。

さて、早いもので蒜山耕藝のブログを始めてから7回目の投稿となりました。
今までの投稿は「思い」の部分が多く、かための内容だったので、今回から田畑のことも紹介していきたいと思います。

前々回、桑原くんが「たねのはなし」(http://hirugei.exblog.jp/16082861/)を書きましたが、一昨日、そのたね採りをしました。

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桑原君が棒で叩いてたねをさやから出してます

d0262262_22142589.jpg

それを水に浸けて重いのを選抜したもの。まだ緑のもありますね。

たね採りしたのは「土居分小菜」という菜っ葉。
私たちが住むところの近くで、古くから栽培されていた伝統野菜。今は湯原湖に沈んでしまった土居分という集落で、継がれていました。
厳しい寒さと深い積雪にも耐える土居分小菜。

「百日雪の下」という厳しい自然環境の昔の暮らしに思いを巡らせると、

「つくる」 「暮らし」

という僕自身がテーマとしていることにヒントを与えてくれます。
単に自家採種、伝統野菜というだけではなくて、
でもその辺は堅苦しい話なので今日はやめておきます...

この土居分小菜、
実は私たちが蒜山に来て初めて蒔いたものでもあり、初めてたね採りしたもの。
なので思い入れ大です。
そして思い入れだけでなく、蒜山耕藝の秋から春までの食卓を守る貴重な食べもの(積雪時は食材が無い!)なのでたくさんつくろうと思ってます。

昨年は1週間程播種が遅れてしまい、小振りなものしかできなかったので今年は遅れずに蒔かないと。
雪が降るまで収穫して漬け物にして、春の菜の花も浸けると美味いらしいので楽しみです。

こうやって自分達の食卓から作付けが決まるというのが蒜山耕藝の一つのスタンスです。

「春は菜の花が食べたいから9月になったら種を蒔こう」とか
「雪が降る前に白菜浸けたいから夏に蒔こう」とか

一見当たり前のことなのだけど、農業ということになると「食卓の需要」からではなくて「市場の需要」から作られるものも多い気がします。
そうなると作物は「生きもの」ではなく「商品」になってしまう。
蒜山耕藝としてはあくまでも「食べものは生きもの」ということを基本としたいと思っています。

その土地の自然のリズムに沿った暮らしの中でつくられる作物が基本で農法はその後です。

自分達は蒜山に移住してまだ10ヶ月程。
一番上にも書いたように自分自身がまだまだ蒜山の自然のリズムと合っていませんが、それはそれで当然だとも思っています。
植物も同じで千葉で桑原君が自家採種していた種もこちらではうまく育ちません。

自家採種を続けていくうちに植物がそこの自然に順応していくように、人間である自分達も口から自然のリズムを取り入れ、作物をつくる行為を通して、自然に順応していけたらと思っています。

ということで、結局かたい話になってしまいました。まだまだこれからの蒜山耕藝ですがよろしくお願いします。

書き終わったと同時に35歳になってしまった高谷裕治が今回の担当でした。
(フルネームなんとかならんかな...)
by hiruzenkougei | 2012-06-27 00:08 | 考えごと
デモ。
6月23日。
今日の蒜山の夕暮れ、ピンクと紫のグラデーションがとてもとても美しかったです。


昨日の夕暮れ時、私たちは大阪に居ました。
大飯原発再稼働反対のデモに参加するためです。
いつもの農作業着のまま、アスファルトの上で1時間半、再稼働反対を訴えました。


福島の原発事故から1年以上過ぎ、
私はもはや国や電力会社に関して、なんの期待も落胆も感じなくなりました。

どこまでも私の思いとは交わることがないと何度も実感したからです。
彼らの描く幸せと私の描く幸せがあまりにも乖離しているのですから、あたりまえです。



でも、次の世代へ大きな負の財産を残しているという現実を受け止めず、
福島で起きている現実から目をそむけ、
いつ自分の身に被害が降り注ぐかもしれないのに無関心のままでいる。
そんな人がとても多いことに焦りを感じています。


その無関心は昔の私だからです。


原発に対して無関心だった私は、福島の原発事故が起き、取り返しのつかない事態になってようやく原発なんてものを動かしてはいけないと実感することができたのです。
今まで大切にしていた多くを手放すという悲しい辛い経験を経て、やっとです。
人間の手では二度と戻すことができない事態を引き起こして、やっとです。
その後悔といったら、言葉では表現できません。

そんな思いをこれ以上他の方にしてほしくないのです。


土も水も空気も汚染される。
それがどんなことなのか。


どうかひとりでも多くの人が、この現実と向き合ってくれますように。
自分の問題であることを実感してくれますように。
そう祈りながらあの場所に立っていました。
ひとりひとりが変わることでしか今の日本の暴走を止める方法はないと思うのです。


昨日のデモ参加も蒜山耕藝にとって大切な行動。
そう思い、このブログで報告することにしました。
このことに触れずにいること、それも無関心に繫がる気がしてしまうのです。




高谷絵里香
by hiruzenkougei | 2012-06-23 22:17 | 考えごと
たねのおはなし
初めまして 桑原です。
農園設立に込めた思いは昨日、すべて高谷くんが、お話ししてくれたので
私の初めての出番の今日は、弊農園の種に対する思いについてお話したい
と思います。

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画像は千葉時代から大切に自家採種してきた種たちです。
手前の茶色の種が、パンやうどん、小麦粉にして大活躍の「小麦」
その上の小さく黒い粒は「ナタネ」 菜種油を絞るための品種。
その奥が、千葉の地元の人が大切に繋いできた大豆。
最後が師匠から分けていただいた、淡く甘く優しい味の黄色のまくわ瓜。

まだまだたくさんありましたが、そのほとんどを千葉においてきました。

私たちは、自家採種を基本としています。
自然との調和のなかで、野菜やお米を栽培していこうとしている我々にとって
ここ蒜山の気候や土に合った種にしていくためにも、自家採種は必須となっています。

この地で暮らし、そして老い、次の世代に引き継いでいく。
その生活の中で、農産物を栽培する。
種を撒き、花を咲かせ、実を着け、その一生が終わる。そして、また、その次の世代の
種を撒く。種とともに暮らしていく。そんな生活の中で生まれたお米や野菜を食べて
暮らす。それが、私たちが求める最高の贅沢であり、幸せな食事だと思っています。

農協やホームセンター、町の種苗店では、ほとんどの種がF1種(一代交配種)であり
また、一部では遺伝子を直接操作した種も認可されようとしています。
これらの種の危険性については、固定種の種を専門に扱った野口種苗研究所の
野口さんの著書やお店のホームページで詳しく述べられています。

安全性や、環境への影響など、その是非について、私たちは議論に加わるほどの
知識やデータも持ち合わせてはいません。
でも、安全か?危険か?を問う前に、自然の恵みを受け、自然と共存していかなけれ
ばならない。いや、人間という存在も、自然の一部であることを考えれば、どのような
種から生まれた食物を食べた方が心身にとって良いのか、おのずと答えは出ている
気がします。

流通の都合や、規格的な形の揃い、耐病性など、経済性を優先するのか?
種の問題に限らず、私たちの身の回りの事、すべてのことに、共通した選択では
ないでしょうか?
自分の幸せ、本当に満足できる人生を考える。それを考えたとき、持続性の無い
ことや、次世代にツケを残すことが、自分の人生にとって、意味があることなのか?

危険性や、安全性を問題にする前に、そもそも、その技術は本質的に必要なこと
なのか?自然との調和はとれているのか?我々の基本テーマの一つです。

桑原広樹
by hiruzenkougei | 2012-06-18 21:35 | 考えごと
「藝」に込めた思い 
初回のブログには農園名が決まったことについて、

ここ蒜山 中和に移り住んでから約十ヶ月。
みんなのお腹の中で温めていたものがするりと生まれてきてくれた気がします。

と書きました。

みんなのお腹に入っていたのはたくさんの思いや様々な感情です。

震災、原発事故を受けて自分達が感じたり、考えたこと。
豊かさとは。これからの生き方や暮らし方とは。
私たちが大切にしたいこと、やりたいこと。
自然とは。なぜ農業なのか。

そして、
楽しい、嬉しい、ワクワクするといった感情と
悲しい、辛いといった感情

それらを全部丸ごとお腹の中に入れて、十ヶ月して出て来たのが「蒜山耕藝」です。

出てくるのに十ヶ月かかったものが数日前にするりと出てきたのはデザイナーの前崎さんの力によるものだけど、
お腹の中のものをまとめてくれたのは「藝」という言葉、概念でした。

「藝」の原字は、植物に手を添え土に植えることを意味していると言われています。
つまり、植物を栽培すること、
人間の食べものである植物をつくるということ。
それは太古の昔から人間が暮らしの中で続けてきたことだと思います。

厳しい自然環境の中で人間が生きていくために必要だったもの。
暮らしの中心にあったもの。

その一つが「藝」であると思います。

自然と共に生きることを模索している今、
自然と「調和」するためのヒントが「藝」という概念にあると思っています。

「蒜山耕藝」に「藝」を用いたのはそういう思いがあったからです。

自分達の暮らしを通して、
食べものをつくるという農業を通して、
美しく、調和した世界を目指していきたい

まだまだ力不足な自分達ですが目指しているのはそういう世界です。

毎日の「藝」の中で感じること
農という作業を通して感じること

今後のブログではそういうことを表現できたらと思っています。

以上、ちょっと固めの初投稿でした。



高谷 裕治
by hiruzenkougei | 2012-06-17 06:56 | 考えごと